文明開化と学問のすすめ

文明開化と福沢諭吉の「学問のすすめ」|高校倫理3章4節①

このブログの目的は、倫理を身近なものにすることです。
高校倫理 新訂版 平成29年検定済み 実教出版株式会社)を教科書としてベースにしています。
今回は
高校倫理第3章
「日本人としての自覚」
第4節「西洋思想の受容と展開」
文明開化と福沢諭吉の「学問のすすめ」
を扱っていきます
全9回にわたって、特に江戸時代の思想にふれてきました。
江戸幕府から新政府にかわり、開国。
その流れのなかで取り入れられた啓蒙思想を見ていきます。
今ではあまり啓蒙って言葉を聞かないのは、啓蒙(無知の人を啓発して正しい知識に導くこと)の無知の定義が、いろんな意味にとれるからかも
>>構造主義とは
ブログ構成
  • 文明開化と啓蒙思想
  • 文明開化と福沢諭吉の「学問のすすめ」

参考文献 「現代語訳 学問のすすめ」(福沢諭吉、訳 斎藤孝)

文明開化とは

江戸時代に鎖国していた日本。

そこから開国した理由の一つは、西洋列強からの強烈な圧力でした。

アヘン戦争(1840)で、日本が参考にしていた清がイギリスに負けてしまったことを聞きつけます。

清はアヘン(麻薬)を輸入禁止にすることが出来なかったし、不平等条約を結ばされてしまった
日本が清の二の舞にならずに西洋列強に対抗するには、国家、文化、社会のあり方を文明化するしかない、と考えられました。
こうして明治維新(1868-)によって、日本は西洋文明をモデルとして急速に近代化の道をあゆみはじめます。
維新直後の明治政府は「文明開化」というスローガンをかかげました。

文明開化と啓蒙思想

日本の西洋化は、いち早く西洋の思想を受容していた知識人たちにより、啓蒙思想や自由民権思想が展開されていきます。

西洋ではルネサンス・宗教改革以降、個人の権利や自由を尊重する思想が展開されていました。

なかでもイギリスのジョン=ロックの思想が影響を与えていたらしい
>>ジョン=ロックの抵抗権と経験論
ロックで有名なのは「人間の心は生まれたときは白紙(タブラ・ラサ)」。
白紙から教育の必要性を説いていたよ

西洋の自然権思想を日本的な発想に置き換えたのが「天賦人権論」です。

天賦人権論

  • 人間はうまれながらにして固有の権利を持つ
  • 「賦」は「与える」の意味
  • 権利は国家から与えられるのではなく、天から与えられることを示している
  • 天賦人権論は自由民権運動に引き継がれていった

とくに新しい日本を文明開化に導こうとしたのが、明六社に集まった啓蒙思想家たち。

  • 森有礼(もりありのり、1847-89)は明六社が創設されるきっかけをつくった。
    『妻妾論』(さいしょうろん)では、一夫多妻を批判して一夫一妻制を主張
  • 明六社の社員は「福沢諭吉(ふくざわゆきち)、西周(にしあまね)、加藤弘之(かとうひろゆき)、津田真道(つだまみち)、中村正直(なかむらまさなお)ら」
  • 西周『百一新論』などで西洋事情を紹介し、数々の翻訳語をつくった
  • 加藤弘之は立憲思想を展開
  • 津田真道は西洋法学を紹介
  • 中村正直『自由論』(J.S.ミル)を翻訳し、自由主義や功利主義を紹介
「哲学」という翻訳語をつくったのは西周だから、よく「哲学とは何か」という問いに西周が翻訳した意味が語られている
明六社の人々は『明六雑誌』を通じて西洋文明を紹介し、「天賦人権論」を説きました。

ここでは特に福沢諭吉の思想を見ていきます。

文明開化と福沢諭吉「学問のすすめ」

福沢諭吉(1835-1901)といえば、一万円札で有名。

一万円札

2024年からは渋沢栄一。
今まで、聖徳太子と福沢諭吉が一万円札に描かれたことがあるよ
なぜ彼が一万円札に描かれたかといえば、「最高券面額として、品格のある紙幣にふさわしい肖像であり、また、肖像の人物が一般的にも、国際的にも、知名度が高い明治以降の文化人」という理由です。
みんなが知っている福沢諭吉は、文明開化にどのように関わったのでしょうか。

福沢諭吉「学問のすすめ」と天賦人権論

福沢諭吉が説いた天賦人権の考え方は、この言葉が有名です。

天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり
「学問のすすめ」(福沢諭吉)

天賦人権をこの言葉で要約しました。

つまり、儒教主義にあったような身分制度を批判し、もともと人は平等な権理(けんり)を持っていることを述べています。

権利じゃなくて権理と書いたのは、福沢諭吉が儒学の理を意識していたからじゃないかな。
「理(ことわり)」
権理⇒きちんとした理が通っていること。
権利だと利益のニュアンスが入ってしまうみたい
福沢諭吉は儒教主義が嫌いだったと言われているよ。
ただし、儒教に関しての造形は深かったみたい
福沢諭吉の「学問のすすめ」は、今読んでも古さを感じさせません。
それは、「儒教による道徳とはこういうものだ」という価値観を破っているので、昔ながらの道徳くささがないのです。
(福沢諭吉は)西洋が優れていて日本が劣っているという考えではなく、そのものの価値が認められればどこのものでも構わない。
「それはそれ、これはこれ」という区分けがとてもクリアにできた人でした。
例えば、漢学者を批判する一方で、漢文をすべて否定するのではなく、適宜そのときの状況に合わせて、合理的に良し悪しを判断していく…教条主義と呼ばれているものとちょうど対極にある生き方です。
(学問のすすめ)の解説個所p245
(教条主義⇒状況や現実を無視して、ある特定の原理・原則に固執する応用のきかない考え方や態度)
例えば、「武士道とは死ぬことと見つけたり」というように、今までは武士でいるときには武士らしく振舞わないと周りから非難されてしまうことと対極で、臨機応変に対応することを説いたんだね
当時の日本は西洋の脅威にさらされていました。
なので、どうすれば国や個人が独立して植民地化を防いで近代化できるのかという対策を、福沢諭吉は「学問のすすめ」で説いています。

「学問のすすめ」と実学

福沢諭吉は儒教の批判をどのように述べたのでしょうか。

天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり

という言葉には続きがあります。

人はみな同じ権理を持つとはいえ、人間の世界には賢い人も愚かな人もいる、金持ちも貧しい人もいる、地位の高い人も低い人もいる、と続きます。

なぜこのような雲泥の差と呼ぶべき違いができてしまうのか?

その理由を彼は「学問」だと述べます。

「人は学ばなければ、智はない。

智のないものは愚かな人である」

ーただ人に学問の力があるかないかによって、そうした違いができただけであり、天が生まれつき定めた違いではない。
「学問のすすめ」p10

学歴主義!?
「学問のすすめ」とあるように、この本では学問をやることをすすめています。
では、学問とはなんでしょうか?
福沢諭吉はとくに実学を重視しました。
「実用性のない学問はとりあえず後回しにし、一生懸命にやるべきは、普通の生活に役に立つ実学である。(「学問のすすめ p11」)」と説いたのです。
学歴だけというわけではないんだね。
じゃあ、実学って何?
「学問をするには、なすべきことを知ることが大事である。」(学問のすすめ p13)
とはいえ、人にはそれぞれの社会的役割や才能というものがある。
才能や人間性を身につけるには、物事の道筋を知る必要がある。
それを知るためには、文学を学ばなければならない。
だから、現在学問が緊急に必要とされているのだ。
(学問のすすめ p17)
実学って役に立つものと言われるけど、人によって役に立つものが違っていて、文学や哲学が役に立つ人もいるんだね
「人は実学を学ぶことによって、他に依存することなく、みずからの生活を、みずからの判断と行動とによって切りひらいていくことができる。」(倫理教科書p106)と福沢諭吉は説きます。
彼はそこに、天賦人権にもとづく「独立自尊」という文明の精神を見いだしました。
独立した諸個人が自己の見解を述べ、多様な議論を戦わせるところに自由の気風が生じると訴えたのです。
独立とは、自分の身を自分で支配して、他人に依存する心がないことをいう。
自分自身で物事の正しい正しくないを判断して、間違いのない対応ができるものは、他人の知恵に頼らず独立していると言える。
自分自身で、頭や体を使って働いて生計を立てているものは、他人の財産に依存せず独立していると言える。
「学問のすすめ」p37
その自由の気風から「一身独立して一国独立す」と説き、独立自尊の精神が個人にとどまらず、国家を独立させるものだと考えました。
福沢諭吉は当時の日本のすすむべき道を、「西洋の文明を目的とすること」(『文明論の概略』)と命題化し、この見解はその後ほぼ一世紀にわたる日本のあり方の要約でもあったと言われています。
福沢諭吉は「脱亜論」も有名。
彼は富国強兵のためには民権の制限もやむをえないと述べ、中国や朝鮮と友好的にかかわるよりは独自に近代化をすすめるべきだとも唱えた

「学問のすすめ」と儒教批判

文明開化という点からも、「学問のすすめ」では今までの幕府体制批判をしています。

王政復古・明治維新以来、士農工商の位を同等にする基礎ができたと述べ、そこから独立を強調しました。

なぜ福沢諭吉が独立を強調したのかと言えば、今までの体制では外国に対する独立心が育たないと思ったからです。

独立の気概がない者は、必ず人に頼ることになる。

人に頼る者は、必ずその人を恐れることになる。

人を恐れる者は、必ずその人間にへつらうようになる。

常に人を恐れ、へつらう者は、だんだんとそれに慣れ、面の皮だけがどんどんと厚くなり、恥じるべきことを恥じず、論じるべきことを論じず、人をみればただ卑屈になるばかりとなる。
「学問のすすめ」p41

幕府の制度では、へつらうことが良いとされ従順さが重視されていたと解釈できるみたい。
それだと、外国との交際では弊害になると考えたんだね
日本国は長い間、専制政治に苦しめられていて、ごまかしの術が人生必須の道具になってしまっていたと福沢諭吉は説きます。
江戸時代はわいろが日常茶飯事だったという話も聞くよ。
それに対して大塩平八郎が乱をたてたりしたね

「学問のすすめ」と文明開化

文明開化に関して。

そもそも文明とは、人間の知恵や徳を進歩させ、人々が自分自身の主人となって、世間で交わり、お互いに害しあうこともなく、それぞれの権理が十分に実現され、社会全体の安全と繁栄を達することである。
「学問のすすめ」p100

つまり、人間には身体、知恵、欲、良心、意志があるものとした上で、人間であることの分限を間違えずに世間を渡る。
その過程で社会全体の安全と繁栄に貢献しようと述べます。
もし人間であることを忘れ、たてまえとしての美しい道徳ばかりを強調すれば、「人間世界のだまし欺きの病にかかったエセ君子」ばかりが出てきてしまうと言うのです。
大義名分論とか、きまった道徳への批判も「文明開化」には込められているんだね
「元来、人の性質というのは、自由に動くことができなければ、必ず人をうらやむようになる」(「学問のすすめ」p169)。
今までは上の言ったことをただ信じることが大事だった。
でも、それじゃダメで、外国に支配されてしまう
その解決策として、学問がでてきます。
信じる、疑うということについては、取捨選択のための判断力が必要なのだ。
学問というのは、この判断力を確立するためにあるのではないだろうか。
「学問のすすめ」p193
福沢諭吉はその人に合ったわかりやすい伝え方をできた人、と言われているよ。
わかりやすいと誤解されることもあるけど、現代でも「ビジネス書」としておすすめされている
文明開化と福沢諭吉「学問のすすめ」をやりました。
次回は自由民権運動について扱います。
>>中江兆民(なかえちょうみん)と自由論
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