「日本人としての自覚」
第4節「西洋思想の受容と展開」
①文明開化と福沢諭吉の「学問のすすめ」
>>①林羅山と江戸幕府
>>②中江藤樹と日本陽明学
>>③古学が流行した理由
>>④荻生徂徠(おぎゅうそらい)と経世済民
>>⑤本居宣長と国学
>>⑥石田梅岩の石門心学とは
>>⑦二宮尊徳と学問的精神の展開
>>⑧蘭学と幕末
>>⑨明治維新の思想
>>構造主義とは
- 文明開化と啓蒙思想
- 文明開化と福沢諭吉の「学問のすすめ」
参考文献 「現代語訳 学問のすすめ」(福沢諭吉、訳 斎藤孝)
文明開化とは
江戸時代に鎖国していた日本。
そこから開国した理由の一つは、西洋列強からの強烈な圧力でした。
アヘン戦争(1840)で、日本が参考にしていた清がイギリスに負けてしまったことを聞きつけます。
文明開化と啓蒙思想
日本の西洋化は、いち早く西洋の思想を受容していた知識人たちにより、啓蒙思想や自由民権思想が展開されていきます。
西洋ではルネサンス・宗教改革以降、個人の権利や自由を尊重する思想が展開されていました。
>>ジョン=ロックの抵抗権と経験論
白紙から教育の必要性を説いていたよ
西洋の自然権思想を日本的な発想に置き換えたのが「天賦人権論」です。
天賦人権論
- 人間はうまれながらにして固有の権利を持つ
- 「賦」は「与える」の意味
- 権利は国家から与えられるのではなく、天から与えられることを示している
- 天賦人権論は自由民権運動に引き継がれていった
とくに新しい日本を文明開化に導こうとしたのが、明六社に集まった啓蒙思想家たち。
- 森有礼(もりありのり、1847-89)は明六社が創設されるきっかけをつくった。
『妻妾論』(さいしょうろん)では、一夫多妻を批判して一夫一妻制を主張 - 明六社の社員は「福沢諭吉(ふくざわゆきち)、西周(にしあまね)、加藤弘之(かとうひろゆき)、津田真道(つだまみち)、中村正直(なかむらまさなお)ら」
- 西周『百一新論』などで西洋事情を紹介し、数々の翻訳語をつくった
- 加藤弘之は立憲思想を展開
- 津田真道は西洋法学を紹介
- 中村正直『自由論』(J.S.ミル)を翻訳し、自由主義や功利主義を紹介
ここでは特に福沢諭吉の思想を見ていきます。
文明開化と福沢諭吉「学問のすすめ」
福沢諭吉(1835-1901)といえば、一万円札で有名。
今まで、聖徳太子と福沢諭吉が一万円札に描かれたことがあるよ
福沢諭吉「学問のすすめ」と天賦人権論
福沢諭吉が説いた天賦人権の考え方は、この言葉が有名です。
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり
「学問のすすめ」(福沢諭吉)
天賦人権をこの言葉で要約しました。
つまり、儒教主義にあったような身分制度を批判し、もともと人は平等な権理(けんり)を持っていることを述べています。
ただし、儒教に関しての造形は深かったみたい
(福沢諭吉は)西洋が優れていて日本が劣っているという考えではなく、そのものの価値が認められればどこのものでも構わない。「それはそれ、これはこれ」という区分けがとてもクリアにできた人でした。例えば、漢学者を批判する一方で、漢文をすべて否定するのではなく、適宜そのときの状況に合わせて、合理的に良し悪しを判断していく…教条主義と呼ばれているものとちょうど対極にある生き方です。
(学問のすすめ)の解説個所p245
「学問のすすめ」と実学
福沢諭吉は儒教の批判をどのように述べたのでしょうか。
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと云へり
という言葉には続きがあります。
人はみな同じ権理を持つとはいえ、人間の世界には賢い人も愚かな人もいる、金持ちも貧しい人もいる、地位の高い人も低い人もいる、と続きます。
なぜこのような雲泥の差と呼ぶべき違いができてしまうのか?
その理由を彼は「学問」だと述べます。
「人は学ばなければ、智はない。
智のないものは愚かな人である」
ーただ人に学問の力があるかないかによって、そうした違いができただけであり、天が生まれつき定めた違いではない。
「学問のすすめ」p10
じゃあ、実学って何?
とはいえ、人にはそれぞれの社会的役割や才能というものがある。才能や人間性を身につけるには、物事の道筋を知る必要がある。それを知るためには、文学を学ばなければならない。だから、現在学問が緊急に必要とされているのだ。
(学問のすすめ p17)
独立とは、自分の身を自分で支配して、他人に依存する心がないことをいう。自分自身で物事の正しい正しくないを判断して、間違いのない対応ができるものは、他人の知恵に頼らず独立していると言える。自分自身で、頭や体を使って働いて生計を立てているものは、他人の財産に依存せず独立していると言える。
「学問のすすめ」p37
彼は富国強兵のためには民権の制限もやむをえないと述べ、中国や朝鮮と友好的にかかわるよりは独自に近代化をすすめるべきだとも唱えた
「学問のすすめ」と儒教批判
文明開化という点からも、「学問のすすめ」では今までの幕府体制批判をしています。
王政復古・明治維新以来、士農工商の位を同等にする基礎ができたと述べ、そこから独立を強調しました。
なぜ福沢諭吉が独立を強調したのかと言えば、今までの体制では外国に対する独立心が育たないと思ったからです。
独立の気概がない者は、必ず人に頼ることになる。
人に頼る者は、必ずその人を恐れることになる。
人を恐れる者は、必ずその人間にへつらうようになる。
常に人を恐れ、へつらう者は、だんだんとそれに慣れ、面の皮だけがどんどんと厚くなり、恥じるべきことを恥じず、論じるべきことを論じず、人をみればただ卑屈になるばかりとなる。
「学問のすすめ」p41
それだと、外国との交際では弊害になると考えたんだね
それに対して大塩平八郎が乱をたてたりしたね
「学問のすすめ」と文明開化
文明開化に関して。
そもそも文明とは、人間の知恵や徳を進歩させ、人々が自分自身の主人となって、世間で交わり、お互いに害しあうこともなく、それぞれの権理が十分に実現され、社会全体の安全と繁栄を達することである。
「学問のすすめ」p100
でも、それじゃダメで、外国に支配されてしまう
信じる、疑うということについては、取捨選択のための判断力が必要なのだ。学問というのは、この判断力を確立するためにあるのではないだろうか。
「学問のすすめ」p193
わかりやすいと誤解されることもあるけど、現代でも「ビジネス書」としておすすめされている
>>中江兆民(なかえちょうみん)と自由論