新実在論

マルクス・ガブリエル‐新実在論におけるカテゴリーから議論する。

新実在論は今の世の中にどう役立つのか。

 

おはようございます。けうです。

 

マルクス・ガブリエル新時代に生きる「道徳哲学」を読み終えました。

今日は新実在論は今の世の中にどのように役にたつのかを話そうと思います。

この本の中で、ガブリエルさんは哲学が重要視されるべきだと語ります。

でも、ちょっと違和感が私にはありました。

議論が大切と主張できるのはなぜ?

なぜ中庸がいい。真ん中がいいというガブリエルさんが哲学をトップに据えるのか。

さらにいえば、間違いなんてない、といって哲学の過程(思想の途中のことの過程)を大事にする、自分の頭で考えることを推奨する彼が意見をきっぱりと言うのか。

そのことについて私は疑問に思ってきたというのがあります。

かつ、そのことを考えると、議論の必要性なんてないのではないか、という逆説的なことも考えてしまうんですよ。

ガブリエルさんは議論が大事だというけれど、なんでも受け入れられるのならば議論なんていらないのではないか、という視点ですね。

でも、このことを否定する議論をちゃんと用意してあるんです。

否定するというのは、議論が大事だよという視点ですね。

新実在論のカテゴリーという観点

その疑問を解消する言葉は、彼の主張するカテゴリーという言葉にあります。

私は2回前の言葉で、何のカテゴリーに属して発信するかが重要といいました。

人には世界なんてない。これは大枠の絶対的な枠組みはない、ということ。

でも、私たちは枠組みなしでは語ることができないといいました。

すべてがあやふやになってしまうからです。

このすべてがあやふやという概念だと、懐疑論です。

すべてを疑うことができるから、何も正しくないという考え方。

でも、彼は主張しているんですよね。

その主張にはやはり外枠だとか、土台とする思想が関わってきます。

 

それはどういうことなのかというと、議論をする前に、何について議論をするのか。
前提とするものは何かということを決めておくこと。

 

例えば、ガブリエルさんは今のSNSを批判したり、哲学が大事だと主張します。

これには何が関わってくるのかと言うと、「人類の生き残り」です。

これはきっと物理的な意味での人類の生き残りですね。

私たちは今、ハイパーリアルな世界にいきていると言われています。

ハイパーリアルというのは文字通り、現実を超越した世界です。

実際に会わなくてもよくなり、デジタルによって人とやり取りすることが増えました。

すると、思考の観点でおざなりになってくるのが物理的な意味での人類です。

思考ばかりが重視されていくと、個人の思想が重要視されていきますよね。

すると、この思想をする人がすごい!となります。

そして、人類全体ではなくて、その思想やその人を守るような視点に移ってしまう。

それを警告するようにあらわれるのが、人類全体の生き残りです。

カテゴリーとしての「人類全体の生き残り」

例えば、大企業がその個人が大事だという視点ばかり進めてしまうと、現実がそうなってしまうんです。

貧富の格差が広がっていくような。

数字的に見れば、全体としては人類は良い方向に向かっていくともとれるかもしれないんですけど、それは人類全体の生き残りという視点からは外れているかもしれないということです。

 

私はよく、マルクスさんの発言は極端すぎることがあるなと感じるのですが、その生き残りに焦点を当てて、これを実行に移すにはどうしたらいいのかという議論をしていけば、彼のような結論にいたるかもしれないんですよね。

 

議論をする上で重要なのは、どのようなカテゴリー上でその人が発言しているのかを見極めることです。

そして、その土台が違うと思ったのならばそこを議論すればいいし、土台に納得できたとするならば、その共有をもったまま議論をすればいい、となります。

 

ガブリエルさんはガダマーの言葉を引用します。

他者が正しい可能性はある。相手の観点を、感情も含めて考慮する必要がある。

 

さらにまとめとして、違いよりも共通点に注目する政治が大事。
各個人のアイデンティティでも違いでもなく、違いにこだわらないことが大事だと言うんです。

その立場にたってこそ話し合いができると主張しています。

議論の価値

私たちは一見すると、議論とは意見を一致させることだと思いがちなんですけど、共通点のみに着目して話すならば、議論の価値があるという考え方です。

 

現実的に考えると難しいのですが、解答の一つを抜粋します。

「誹謗中傷は違法ですぐに削除される一方で、異なる意見や論拠には耳を傾けるようなソーシャルネットワークを作る」

そして、その根本とする思想の土台をガブリエルさんはこう語ります。

「私たちは、根底においては、基本的に全人類に対して、愛情、つながりを育む感情を抱いているはずなのです。私たちは地球市民であり、コスモポリタンでもあります。」

ここに共感できないのであれば、ここを議論すればいい。

もし納得できたのであれば、このカテゴリーを共有した上でのカテゴリーをつくり上げて議論ができるということ。

そうした中で共有点を見つけていくということです。

議論の大切さ‐まとめ

現代社会はシステム化が構築されてきていて、これが正しいという道が指し示されるようになっています。

こうすれば成功するだとか、資本主義が成功するにはこうしたらいいだとか、発展するにはこれが必要だとか。

まずこれがカテゴリーとして前提になっているとして、この前提を疑う視点としては、地球市民という全人類に対しての愛情や感情を重要視するカテゴリーかもしれません。

 

前提を説いていくというのは哲学の祖とも言われているソクラテスの問答法のようですよね。

ここで共通の意識になるのではなくて、共通のものを見つける。
その上でこういう意見がとれるのかという理解をする、ということです。

 

では、今日もお聞きいただいてありがとうございました。

参考にした本はこちら。
マルクス・ガブリエル 新時代に生きる「道徳哲学」

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