科学革命とは

科学革命とは何か|高校倫理1章2節1

このブログの目的は、倫理を身近なものにすることです。
高校倫理 新訂版 平成29年検定済み 実教出版株式会社)を教科書としてベースにしています。
今回は
高校倫理第1章
「現代に生きる人間の倫理」
第2節「科学・技術と人間」
1.科学革命とは何か
を扱っていきます。
今回からは第2節「科学・技術と人間」、その1として科学革命を取り扱います。
科学革命⇒17世紀のヨーロッパに生じた自然科学分野における大転換
なぜ「科学技術」ではなくて、「科学・技術」と倫理の教科書で表記しているのかに関しては、科学の歴史が関係しています。
日本に輸入されてきた科学は、科学革命後の概念ですが、もともとの科学と技術はわけられていたのです。
科学革命前
  • 科学⇒自然の運動が(神の栄光の実現といった)目的をもつとする目的論的自然観
    一般的な「知識」や「学問」の意味で用いられてきた
  • 自由学芸⇒古代ギリシアやローマでの理性的学問
  • 機械技術⇒古代ギリシアやローマで奴隷制度があった時代、思考を必要としない決まりきった、奴隷階級がなすべき労働
    「科学哲学への招待」p100
日本では違和感なく科学技術って言うけど、西洋では技術に階級的侮蔑を含む意味があった。
科学革命と同じく17世紀頃に思想の転換があって、技術や機械にも高い価値が与えられ始めたよ
ブログ構成
  • 科学革命以前と以後の違い
  • 科学革命とは何か

参考文献 科学哲学への招待(野家啓一)哲学用語図鑑

科学革命以前と以後の違い

まず科学革命前はどのような意味で科学が使われていたのかを見ていきます。

科学革命以前「古代ギリシア、ローマの自然科学」

まずはプラトンの自然観

プラトンはイデア界が存在すると述べました。

イデアとは完全なものや理想、本当のものなどを言います。

人間は直接にはイデアを見ることができません。

しかし、プラトンは理性の目でならばイデアを見ることができると説いたのです。

なんでそれが本当の三角形だとわかるの?という問いに、人はイデアを見てきたからとプラトンは答える
「知でないものを感情」と定義したとき、自然は感情で見るものになる
次に、プラトンに影響を受けたアリストテレス。
彼は現実主義的な考えをしました。
イデア界があるということは、すべてのものは偽物にすぎなくなってしまう。
なので、個々のものに本質があると説いたのです。
アリストテレスによれば、あらゆる物や生物は「形相(そのものを表す形)と質料(素材)」で成り立っている。
そして、すべての物事には、もともと何かになろうという力が備わっている、と。
目的論的自然観⇒自然の物事は目的を持って存在しているという見方
つまり、自然をみるときに、「この木は何になろうとしているんだろう?」という見方もしているんだね
主観・客観という科学革命頃に成立した言葉で表してみます。
  • 科学革命前⇒人々は主観的・客観的に自然を見ていた
  • 科学革命後⇒人々は客観的に自然を見るようになった

次に科学革命後を見ていきます。

科学革命後の科学

科学革命後は、デカルトの物心二元論を基礎に、自然を見るようになります。

物心二元論精神物体を独立した存在とする立場

この立場は人間精神を自由な「主体」とみなし、自然(物体)をたんなる機械とみなすことにつながりました。

以前は神と自然がくっついていたんだけど、以後はたんなる機械と見なされていった

デカルトは物体の本性を空間的な広がりをもつ「延長」であると定義づけました。

感覚的性質をすべて排除すると、延長(長さ・幅・深さ)しか残らないからです。

例えば、音・色・味・匂いなどはすべて感覚。

「無色・無音・無味・無臭」の物体が数学的法則にしたがって運動する、というのが近代科学的な世界観です。

「延長」は定規ではかることが出来るので、数で表すことができる。
客観的なデータとしてみんなに同様にあらわされることで、科学は急速に発展していった

科学革命とは何か

科学革命の運動。

近代科学は、そうした宇宙観の転換、すなわち、天文学の革新からはじまった。

コペルニクス(1473-1543)は天動説にかえて地動説を提唱し、ケプラー(1571-1630)は楕円軌道などの惑星の運動法則を発見した。

またガリレイ(1564-1642)は物体の落下の法則などを発見して物理学の基礎を確立した。
(倫理の教科書p137)

天動説から地動説への運動を見ていきます。

天動説から地動説へ

天動説は15世紀頃までの世界観で、「地球は宇宙の中心にあって、太陽や月や星がこの地球の周りを回っている」という説です。

この説はキリスト教と結びついていました。

天動説を批判することはキリスト教崩壊の危機をはらんでいたのです。

なので地動説は隠ぺいされてきました。

天動説から地動説までの迫害の歴史

  • 元祖、地動説を考えたのは古代ギリシアのアリスタルコス
    彼は不敬罪を恐れ、自分の意見を変えた。
    当時の人々には無視されていた。
  • コペルニクス(1473-1543)は天動説にかえて地動説を提唱。
    ただし、人々を混乱させる恐れからと、本の出版を死ぬ直前に発表。
  • コペルニクスの死後から約70年後にガリレイは地動説を提唱。
    目を失明するほど太陽を観察。
    ガリレイは宗教裁判で異端者のレッテルを張られて、350年もの間、破門されていた。

コペルニクスは司祭を務めていたし、ガリレイはカトリック教徒でした。

彼らは神を否定するつもりはなく、ただ、科学的実験(観察実験)に基づいて地動説が真だと主張したのです。

例えば、ガリレオは大聖堂にあるシャンデリアを見て振り子の原理を発見しました。

それを天上の惑星の動き(宇宙)などに応用させたのです。

今まで天上の惑星の動きは「神の領域に属するもの」だと考えられていたので、ガリレイの考え方は当時の人々には異端に思われました。

でも、迫害はひどい!
それほどの脅威だとみなされていた。
実際にこれらの歴史が「科学革命」につながっていった

近代的自然観

科学革命はコペルニクスによる「コスモロジーの転換」、ガリレオによる「自然の数学化」、そしてニュートンによる「天と地の統一」を経て終幕を迎える。

その背景にあって近代科学の成立を促したのは、古代・中世と近代以降とを分かつ自然観の根本的転回であった。
「科学哲学への招待」p78

ガリレオ・ガリレイはよく「近代科学の父」と呼ばれています。

ガリレイ「宇宙という書物は数学の言葉で書かれている」。

彼も物心二元論を基礎におき、人間の感覚器官を通じてのみ現れるものを「二次性質」、科学ではかる性質を「一次性質」と考えました。

後にでてくる現象学の祖フッサール(1859-1938)はこの自然観の転換を「ガリレオによる自然の数値化」と呼んだ
フッサール「物理学の、したがってまた物理的自然の発見者ガリレオは、発見する天才であると同時に隠ぺいする天才でもあるのだ」(科学哲学への招待p65)
こうして、目的論的自然観から機械論的自然観に移っていきました。
機械論的自然観⇒「自然界を生命、霊魂、精神、心などの要素をいっさい含まない単なる物質的延長と見なすこと」(科学哲学への招待p78)
自然観から人間の主観が離されてしまった
この弊害は、自然を支配できるもの、と捉えることによる現代的な環境破壊にもつながっていく
ニュートンは、『プリンキピア(原理)』という本も書き、物理法則を見事な数式にまとめました。
科学革命前の時代なので、「ガリレオとニュートンは科学者ではなかった」(科学哲学への招待p28)と言われています。
しいて言えば「自然哲学者」。
英語の「科学者(scientist)」や「物理学者(physicist)」という言葉の成立は、ニュートン没後一世紀以上も経過した十九世紀半ばのことです。

科学革命とは

科学革命は歴史学者によって名づけられました。

1950年頃、歴史学者バターフィールドが17世紀の近代科学の成立として科学革命と呼んだのです。

この科学革命は固有名詞。

しかし、科学革命にはもう一つ一般名詞としての意味があります。

アメリカの科学史家クーン(1922-1996)は、ある時代の科学者たちが共有している理論的な枠組みをパラダイムと呼び、科学の歴史にはパラダイムの転換をともなう科学革命が含まれていることを指摘しました。

  • 17世紀科学革命⇒固有名詞
  • 科学革命⇒一般名詞。
    「ある理論が別の理論によって打ち倒されるというこの事態を、あるパラダイムが別のパラダイムに交代する、というパラダイム転換として捉えた。(科学哲学への招待p191)」
天動説と地動説だと、その理論の枠組み自体がガラッと変わってしまっている
パラダイム転換の例
  1. 天動説に従っている
  2. 天動説では解決できない変則事象が増えていく
  3. 蓄積が限界点にまで達する
  4. 研究者「既存の天動説に従っていいのか」という疑念が生じる
  5. パラダイム変換
  6. 地動説になる

一般名詞としてみた科学革命は何度も起こる可能性を秘めています。

今回は科学革命とは何かをやりました。

次回は、ベーコンについて扱います。

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