社会学とベルクソン

社会学とベルクソン|高校倫理1章4節4

このブログの目的は、倫理を身近なものにすることです。
今回は
高校倫理第1章
「現代に生きる人間の倫理」
第4節「社会と個人」
4.社会学とベルクソン
を扱っていきます。
前回は、ミルと功利主義の修正を扱いました。
その中で、ミルはベンサムの量的功利主義を修正して、質的功利主義を唱えたのです。
内容としては、人の道徳は変化するもの、人は成長するもの、といった改良点を理論に取り入れたもの。
19世紀のヨーロッパでは、人だけではなく社会も変化するという思想がでてきました。
社会を物として捉えはじめたのです。
特にフランス革命(1789年~)による社会の変化は大規模なもの。
変化することに対する思想が流行っていた。
ミルを先に扱ったけど、今回扱う社会学者コントはミルと交流があった
ここで出てきたのが社会学
社会学⇒一般的に、近代(封建主義の後にあらわれた資本主義の時代のこと。現代も含まれる)の社会を考察する学問。
(社会学用語図鑑p30)
社会学は19世紀にはじまったから、歴史から言えば200年ぐらいなんだね
どのように社会学がはじまったのかを見ていきます。
ブログ内容
  • 社会学のはじまり
  • コントとスペンサー
  • ベルクソン

参考文献 「社会学史」(大澤真幸)「「社会」の誕生」(菊谷和宏)「ベルクソン 人は過去の奴隷なのだろうか」(金森修)社会学用語図鑑続・哲学用語図鑑つながりの哲学的思考(米山)

社会学のはじまり

「社会学史」を参照に、社会学がどのようなものかを見ていきます。

社会学とは

  • 社会学は「近代社会の自己意識の一つの表現」
  • 社会学の歴史はそれ自体が社会学になる
  • 産業革命やフランス革命を経た、今風の社会にならないと社会学にならない
  • 社会学自身が社会現象
  • 社会学の固有の主題は「社会秩序はいかにして可能か?」という問い
  • 社会学は「起きそうもないことなのに、起きているのはなぜか?」という気持ちが前提
問いが前提?

古代の哲学

「社会学史」ではアリストテレス哲学(人間は政治的動物である)がなぜ社会学ではないのか、ということをこのように語ります。

それは、アリストテレスのアイデアは、彼が実際に生きている現実の都市国家に密着しているからです。

そこから得られる感覚が、彼の中で、人間や共同体のあり方の本質であるというふうに自明視されている

たとえば、「最も望ましい社会は都市国家である」というのは、彼自身が生きている社会そのものです。

それが最も望ましく、そしてそこに社会が向かっていくことについて、何ら疑いがない

現に自分がいて、ある程度の心地よさを覚えるものに対してさえも、それが自明とは思えない、それが必ずしもそうなるとは限らない、そういう感覚をもたないと社会学にならないのです。
「社会学史」p43

そういえば、和辻哲郎の倫理学も「倫理学は『倫理とは何であるか』という問いである」と言っていた
今風に言えば、「この投稿にたいしてなぜ炎上がおきているのか?」という問題で考えてみます。
炎上がおきている理由がわからないけれど、現実にそれがおこっている。
説明しないと、その現象がはっきりとしない。
社会学用語で「偶有性」というらしい。
偶有性⇒半ば規則的で半ば偶然の出来事を表現する言葉
炎上させようとして投稿したものより、なぜか炎上してしまった、という方が燃えてる気がする
社会的事実(炎上という事実)から、「起きそうもないのに、どうして炎上したのか?」という社会現象を考察できる学問が社会学なのです。
例えば、「どうして人を殺してはいけないのか?」が流行ったけど、その問いは以前にもあった。
なぜ今の社会では流行るのか?というのを分析するということ。
(ちなみに、丸山眞男の回で扱った)

中世と近世の哲学

アリストテレス哲学では問いの感覚がなかった。

では、中世や近世ではどうなのでしょうか?

中世や近世では、「神」が前提になっていたので、まだ社会学的思考が出てきていないと筆者は述べます。

道徳心もなにも神が前提になる。

理論に神が前提。

例えば、ホッブズの社会契約説

自然状態はD(数字は適当)のお互いに争う状態(お互いに自己保存のために争う権利を持っている)。

この状態をA(平和状態)にするにはリヴァイアサン(聖書にでてくる海獣)にみんなが自然権を託すのが良いとしました。

このDからAに移るのに、神のような存在を持ち出しているのです。

社会契約説で有名なホッブズやロックは、どこかに超越的な存在(神)を設定していて、その神がいる状態で平和が成り立っていた
しかし、社会学ではその過程を問います。
もし神がシステムのようなものだったとしても、その社会秩序にいたるためにはどうすればよいか?と問うのです。
ホッブズのD⇒Aに到る部分を、細かく説明する部分は社会学
過程をみたときに、「自分だけは自然権を手放さない」という選択(B,C)をする方が合理的だったりする。
だから、世界から戦争はなくならないし、武器も保有する

フランス革命

神の世界から近代への移行は、フランス革命(1789年~)が特徴的です。
(この段落では「「社会」の誕生」の解説を中心に見ていきます。)

フランス革命は絶対王政(宗教的権威)から、人々を解放しました。

フランス革命は啓蒙思想によって発生。

神の代わりに「自由・平等・平和」を人々が信じることによって、近代に移行していくのです。

つまり、王権が神授でないことはいうまでもなく、さらに以後はトクヴィル(政治思想家)のような貴族さえももちろん含むすべての人間(homme)は人民(people)として、人民であるが故に同じ人間なのであり、‐同じ人間として普遍的に認識されるべきだと(啓蒙思想では)主張されたのだ。

‐この世界は、「人民たる人間/人間たる人民」によって織り成される世界であり、もともと自ら働かなければ生活できない貧民という社会の一部しか指していなかった「peuple(people ピープル)」の語は、ここに至って、「人間一般」すなわち人々の意味を持つことになる。
(「社会」の誕生p32)

ピープル(人間一般)は昔、貧民を指していた
神が主体の世の中では階級によってそれぞれの呼び名があったけれど、それがピープルに一般化されたのです。
また、アリストテレスの時代は人間と奴隷というように分けて論じていたので、今でいう社会的な目線ではない、という考察もできます。
実際にアテナイでは35万人をこえる住民に対して、2万人の市民しかいなかったと言われいます。
古代ギリシアの市民は特権階級
つまり、フランス革命は、宗教と同様に「人間」というものを「国と時代とから独立して」「一般的なものとして」捉えている。
その限りでフランス革命はもはや一つの宗教である。
しかしこの宗教はそのような人間把握を「現世と結び付いて」おこなっている。
この宗教には神も礼拝も彼岸もなく、したがってフランス革命が提供する人間性はもはや超越的なものではない。
「社会」の起源p34
つまり、一般化された人間、人々を見ることができるようになったのが社会学と言えます。
社会学が出てきたころも、奴隷制はあった。
そこでの社会学の課題は、どうすればそこで社会秩序を保つことができるのか?という問い

社会学の名付け親コントとスペンサー

社会学は、社会学の名付け親のコント(1798-1857)が有名です。

コントが生まれた年は、フランス革命がほぼ終わっている頃。

革命の直後、フランス社会は混乱していたのです。

わかった!
この混乱をなくすにはどうしたらよいか?という問いが社会学
混乱をなくそうと、コントは現実を観察して混乱の原因を突き止め、実際に証明できる客観的な社会の法則を発見しようとしました。
原因と結果の法則(因果律)をベースにした科学の方法によって、フランス社会の秩序のためになにをしたらいいのかを予見しようとしたのです。

コントは科学の方法で実証的に社会を考察(実証主義)することを社会学と名付けました。

実証主義⇒経験をこえた知識を否定し、観察や実験によって検証できる現象だけを知識の対象とする立場のこと

この頃、産業に科学技術を取り入れることで産業が飛躍的に発展(産業革命)していた。
これと同じく、社会の考察にも科学の方法を取り入れた
コントは三段階の法則を唱えました。

コントの三段階の法則

コントは、人間の社会がどのような状態であるかは、その時代の人々の知識の発展で決まると考えました。

知識の発展を3つの段階に分けたのです。

  1. 神学的段階
    (あらゆる事実を神話や架空の存在と結びつけて捉えようとする段階)
  2. 形而上学的段階
    (あらゆる事実を実証できない主観的で抽象的な論理で説明しようとする段階)
  3. 実証的段階
    (あらゆる事実を客観的に実証できるかたち、つまり科学的に説明しようとする段階)

この段階に応じて、神学的段階のときの人々は軍事的段階にいる。
(聖職者や軍人が支配する段階)

形而上学的段階のときは、法学的段階にいる。
(法律家や思想家が支配する段階)

実証的段階のときは産業的段階にいる。
(実業家や科学者が支配する段階)

人々の知識の段階に応じて、その時代の社会の状態がつくられるとコントは説いたのです。

精神(知性)が文明に影響を与えると考えた。
精神か文化かどちらが先かと考えた思想家に徳富蘇峰がいたね

そして、発展していくにつれて理想状態があらわれてくる、と。

スペンサーについても扱っていきます。

スペンサーの社会進化論

イギリスの哲学者スペンサー(1820-1903)は社会進化論を唱えました。

なぜスペンサーがこの文脈で出てくるのかと言えば、スペンサーは英語で「sociology」(社会学)という言葉を最初に使ったのです。

コントはフランス語で社会学、スペンサーは英語で社会学

社会進化論⇒自然選択(適者生存)という進化の法則から社会を説明する立場

社会進化論によれば、人間社会は軍事型社会から産業型社会へと進化していきます。

軍事型社会(単純な社会)⇒産業型社会(複雑な社会)

自由放任主義に基づいた産業型社会こそが、理想の社会だとスペンサーは考えました。

今は産業型社会というのは、今は産業的段階というコントと考え方が似ている
スペンサーとコントと共有するこの大きいこの図式は、19世紀に流行したアイデアです。(社会学史p132 参照)
アダム・スミス(1723-1790)の自由放任主義(見えざる手)思想の流れ。
(結果的にだんだんと社会全体の利益につながる)
さらに、ダーウィン(1809-1882)の生物進化論。
(生物は単純なものから複雑なものへと進化する)
これらの思想は、自然淘汰の原理によって社会も生物も競争に勝った者だけが生き残るという適者生存の原理につながります。
社会有機体説⇒コントやスペンサーは社会を生物のような一つの有機体と考えた。
社会も生物のようなものだと考えることで、社会も進化すると考えた。
スペンサーが先かダーウィンが先かというのでもなく、お互いに流行の中にいた
スペンサーは日本の明治維新にかなり影響を与えたみたい。
日本は軍事的にも産業的にも強くなって、競争に勝たなければいけないと考えた
ただ、コントやスペンサーの考察は、社会学としては批判されています。
後に社会学デュルケーム(1858-1917)はコントやスペンサーの学問は社会学ではない、と批判しました。
彼らの学問は「実証主義的形而上学」である、と。
デュルケームはデータをたくさん論文にのせたみたい。
コントやスペンサーの理論はデータを取りにくい
コントやスペンサーの扱う範囲は広くて、哲学の一分野に社会学があった、という感じにみられているみたい
デュルケームはさまざまなデータで社会を観察し考察しました。
社会は個人の心の中にだけあるのではなく、実際に物のように存在すると彼は主張したのです。
この考察が哲学者ベルクソンにつながる、という論を次に紹介していきます。
ベルクソンは生命は自然淘汰して生き残ったんじゃない、と考える

ベルクソンと「開いた社会」

哲学者ベルクソン(1859-1941)は、生命の進化を、根源的な力が多様な方向に分散する運動と考え、その力を生命の飛躍(エラン・ヴィタール)と呼びました。
エラン・ヴィタールはエネルギー爆発のイメージ
まずはダーウィンの進化論(自然淘汰)との違いを見ていきます。
(続・哲学用語図鑑 参照)
ダーウィンの進化論(例)
  • 首の短いキリンは、上の方にある葉っぱを食べられない
  • 首の長いキリンが環境に適応して生き残る
  • 今日のキリン
弱肉強食!

これに対して、ベルクソンはこう考えます。

ベルクソンの進化論(例)

  • キリンにもっとよく生きたいというエネルギーが内在
  • エネルギーが限界点に達する
  • 環境の抵抗を受けつつ、エネルギーが爆発(エラン・ヴィタール)
  • 環境に適応した予測不可能な形質の新種がいきなり誕生する
確かに、急に何かの異変種や新説や天才とかが現れて、そこから歴史が変わる
現在の遺伝学でも、人間は未来の環境に対応できるようにさまざまな遺伝を持って生まれると言われています。
例えば、知らないうちに「酸素が薄くても平気という才能」を持っていれば、地球に災害があったときにその人だけ生き残るかもしれません。

それに、知能が良いものとされていても、人間の平均的知能指数(IQ)は年々上がっているわけではないのです。

エラン・ヴィタールは新種を生むけど、それは継続してよいというわけじゃない。
だって、いつまでも「酸素が薄くても平気という才能」があっても、次に酸素がたくさんになるという地球変異があったら役にたたない
ベルクソンはこの「よりよく生きたい」というエネルギーが現実化することを進化と呼ぶのです。
このエラン・ヴィタールという観点から、物のように存在する社会とはどう解釈できるのか、を見ていきます。

「社会」の誕生

「「社会」の誕生」では、はじめにこのような問いが立てられています。

社会に生きるということが、これほどまでにつらい営みになってしまったのは、一体いつからなのだろうか?

そして、なぜ?
「社会」の誕生p3

終わらない戦争、いつも働かなければならない、貧困。

このような問題は現代社会に生きる私たちに、上のような問いを投げかけます。

だって人間一般の元って貧民なんでしょ?
歴史的にそういう経緯があったとしても、それは誤解だと筆者は述べます。
我々は通常「社会」を思い浮かべる際、誤って社会制度ないし社会システムを、つまり「統合された一つの全体としての社会」を思い浮かべる。
‐しかし、この「自然な」観念、この自明で常識的な社会認識こそが、自由を、したがって現実を失う死への道なのだ。
「社会」の誕生p165
つまり、私たちが現実をそのようなものだと決めつけることが、死への道。
例えば、いつまでも「酸素が薄くても平気という才能」が良いものだと信じて疑わないことが、死への道なのです。
生(生命)とは、何だろう。
ベルクソンを踏まえて答えれば、それは「物理力の持つ必然性にできる限り多くの不確定性を付け加えようとする努力」であり、「すなわち物質の只中を走らされている意識」、つまりその不確定性、非決定性、自発性において単なる「物」、単なる物質と区別される運動であり変化そのものであると言えよう。
-この意味において生命とは、生きるとは、自由で創造的であることそのものである。
自発的変容や創造的自由は、有機体(身体)の性質ではなく、かえって有機体(身体)が生の一様態なのである。
「社会」の誕生p150
つまり、一人ひとりがある価値観に囚われるのではなく、「よりよく生きるエネルギー」によって多様に進化していくことが生なのです。
初めの問いに戻れば、社会をつらいものだと思い込んでいるからつらいだけ、とも言えます。
えっ、でもなんかそれって火も涼しいみたいな根性論?
現実離れしてる気がする…
ベルクソンは言います。
私たちは日常生活において実は「飛躍」してばかりいるのだ、と。

日常的な飛躍「純粋持続」

まずベルクソンは、私たちが「本当の時間」がどんなものなのかを忘れている、と述べます。
時計をみて時間を計る(知覚する)ことは、時間だと私たちが信じているだけにすぎないのです。
知覚とは、なによりも対象の固定であり、対象の省略的で概念的な把握、対象の形骸化(けいがいか)を意味している。
知覚とは、本来そうであるはずの対象の豊かさを削減する行為だ
‐その単純化のおかげで、僕らは日常的な世界をなかば機械的に生きていくことができる。
「ベルクソン」p56
ベルクソン哲学によれば、「本当の時間」は時計によって示されるものではありません。
「本当の時間」は、意識の中に感情や記憶が絶え間なくあらわれて持続すること(純粋持続)。
例えば、集中して時間を忘れている体験とか、おいしい、幸せだと感じているときの定義できないものです。
意識の流れが時間
ベルクソンにとって、言語とは、持続する世界を放擲(ほうてき)して、この複雑な世界のなかをある程度的確に動き回るのに十分なだけの素描を、固定し、決定するための装置である。
ことばは、流れを押し留め、固定し、死物に類似したものにしてから、それを使って明晰な概念世界を築き上げる。
概念は純粋持続の死骸である。
「ベルクソン」p60
ここでは、思い込みだけではなく、言語やことばを使った概念が死骸(死の道)だと述べます。
概念は死骸!?
しかし、私たちは知覚する前にはその純粋持続の中にいるのです。
例えば、時計をみるとき、時間を見るのではなくその場所としてみるように。
何時だろう…あ、時計から鳩が出てきた!可愛いなぁ…
そんな思い込みから外れたことが純粋持続。
純粋持続は、ふだんは隠れているけれど、人のなかでたえず息づいています。
ベルクソンに言わせれば、私たちは自由すぎて創造的すぎるために、時間や規則、ルールなどを適応させて生きることにしたのです。
人間はもともと十分な自由を持っている

日常的な飛躍「愛」

ベルクソンは人間は時間を計れるものとして信じているといいます。

それと同じく、人間は当たり前のように信じていることがいくつかある、と。

一つは私の「自己同一性」。

人間は意識がずっとあるわけではありません。

寝ているときや気絶しているときは、途絶えています。

しかし、途絶えていても、私の身体を通して私だと信じることができています。

例えば、新品の日記帳に私の名前を書く。
すると、その日記帳は私の日記帳になり、書くことでさらに特殊性をおびていく
もし目覚めた時、私が子どもだったり老人だったりすれば、私は私の同一性を保てない
論理的に実証できないのに、これを信じているのはある種、「論理の飛躍」です。
次に、私を私だと信じるのと同じくらい、私たちは他者が私たちと同じ人間だということを信じています。
ベルクソンに言わせれば、論理的に独我論(例えば、自分以外はすべてロボットで、唯一私が人間という世界観)を破ることはできない。
しかし、私たちは他人も人間だと信じている賭け(他人が人間だと思って行動したほうが結果的に善い)をいつもしているのです。
つまり、他人を信じるという行為も論理の飛躍です。
隣人を愛するとは、他者もまた自由な存在であるということを、他者もまた生きているということを知覚し承認し尊重することである。
‐他者が、私が自分の中に直視しているのと同じ生命であるかどうかは、可感的にはわからない。
そうである以上、この尊重、この配慮、他者に対するこの愛は、一つの「飛躍」とならざるをえない。
‐実のところそれは、一つの決断、一つのまったき「賭け」なのだ。
「社会」の誕生p154-155
より善い生への飛躍(エラン・ヴィタール)は、自分や他人への愛。
善いと思うから賭けている
ちなみに、ベルクソンは愛情と愛を分けています。
愛情は不自由、執着、限定というという、すなわち死につながるもの。
愛は好悪ではなく、自発的変容という否定しがたい事実の承認のこと。
「自分を愛するとは、自分が自由で創造的な、常に内発的に変化する存在であるという現実を受け入れること」(「社会の誕生」p154)
信じることを死への道といったり飛躍といったりしてて、まだよくわからない

「開いた社会」

ベルクソンは愛の飛躍(エラン・ダムール)を通じて、人間の社会が排他的な閉じた社会から全人類を含む開いた社会へ進化することを主張しました。
閉じた社会というのは、思い込みによって自分を檻にいれている状態。
社会はなんでつらいの?という「つらい状態」
ベルクソンは開いた社会をキリスト教の愛から語ります。
閉じたものから開いたものへの移行が、キリスト教のおかげであったことは、疑わしいとは思えない。
‐そこから、すべての人々は、人間であるかぎり同等な価値を有し、その本質が共通である以上は同じ基本的権利を持つ、とする思想に至るには、ただの一歩でしかなかった
しかし、この一歩が超えられなかった。
‐諸権利の平等と人格の不可侵性を含む普遍的同胞愛の観念が有効なものとなるためには、キリスト教の到来まで待たねばならなかった。
「社会」の誕生p131
ベルクソン哲学の基礎においては、近代からの民主主義的な人間が基礎になっています。
愛(尊厳)を基礎においているから自由という見解であって、ベルクソン哲学において愛を信じているし、愛を信仰していても不自由ではない
愛への一歩にいたる話はこちら。
イエス・キリストの話
姦淫を犯した女がイエスの前に引き立てられてきた。
「ユダヤの律法に照らせば石打の刑なのだが、あなたはどう言うのか」とイエスは聞かれる。
イエスが「自分が罪を犯したことなどないと思う人から石を投げなさい」と述べる。
すると、誰も石を投げられなかった。
「つながりの哲学的思考 参照」p28
この話からすれば、今までのユダヤの律法というのが閉じた社会です。
人々がきまりを守る社会であるけれど、苦しい社会。
そこでイエスはまったく新しいやり方を考え出しました。
律法は否定されるのではなくて、むしろ超えられていると解釈できます。
律法に従うよりも愛や創造、自由がある
したがって、自由で人間的な‐もはやこの二つの形容詞は同義だが‐社会を構築し維持するには、他者をそのように創造せねばならないし、みずからもそのようなものとして絶えず他者によって創造されねばならないだろう。
でなければ、社会的な世を生きる私は維持できない。
ここでいう維持とは、不動・不変化のことではなく、不断の創造のことなのだから。
‐この創造を怠ったり破壊したりする結果は‐様々な水準と様々な様態での‐死なのだ。
「社会」の誕生p159
そっか、人間に備わっている善くなろうとするパワーを破壊してしまうものが「死」なんだね。
善くなると思うものには「賭け(信じる)」ればいい
ベルクソン哲学は、世俗と宗教との「あいだ」を説いています。
中世や近世のように宗教的権威(神)に従う人間や、近代以後の科学的態度(物)をただ信じる人間、そのあいだにいる人間を考察しました。
つまり、信じることは生にも死にもなるのです。
ここで先ほどの問い、社会学の物とベルクソンの考察をつなぎあわせます。
「社会は物のように存在する」
その物への問いは、自由であり、様々な可能性があるのです。
ベルクソン哲学では、物を固定してただの概念でみることを死への道とした
今回は社会学とベルクソンをやりました。
次回はプラグマティズムを取り扱います。
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