「現代に生きる人間の倫理」
第1節「人間の尊厳」
1.ルネサンスと人文主義
- ルネサンスとは何か
- ルネサンスと人文主義
- ルネサンスにおける神学と哲学
参考文献
ルネサンス 歴史と芸術の物語 池上英洋、デカメロン ボッカッチョ著・柏熊達生訳、新しく学ぶ西洋哲学史、哲学用語図鑑、まんがで読破 神曲、誰も書かなかったダンテ『神曲』の謎
ルネサンスとは何か
倫理でのルネサンスは、古典ギリシア、ローマ文化の復興・再生という意味があります。
19世紀になってミシュレ(歴史家)「人間と世界の発見」や、ブルクハント(歴史家、大学教授「個人の発見」)などが新しくルネサンスの概念を転用したよ
(新しく学ぶ西洋哲学史p118)
絵画の変化
>>イエスの死とキリスト教の誕生
「全てをお返しします」として服を抜いで裸になったらしい
(参照「ルネサンス 歴史と芸術の物語」池上英洋)
署名と自意識
イコンに描かれている像は、あくまでも目に見えない聖なるイメージが、ただ可視的な形をとって画面上に焼きつけられたものとみなされています。‐彼ら(画家)は「聖なるイメージ」とされているものを、ただひたすら忠実に模倣しなければなりません。そこに、彼らの創意工夫が入り込む余地はないのです。
「ルネサンス 歴史と芸術の物語」池上英洋)
自分で思いついたり好きなように描いたりすると、それ自体が「ある」ものとして偶像になってしまう
プラトンのイデア
ルネサンスの絵画には、哲学者プラトンのイデア思想が関係してきます。
>>プラトンのイデアとは
でも、12世紀半ばに、イスラム世界から逆輸入されて伝わった
>>プラトンのイデア論とショーペンハウアーのイデア論
>>自然物と人工物とは
でも、人々は絵を見て優劣をつけている。
その基準となるものには、それを描いた人の個性が関係すると考えられるようになった
絵画におけるルネサンスの影響まとめ
- イエスキリストイメージの転換(神⇒人)
- 偶像における意味の転換(聖性の写し⇒人が描いた作品)
絵画を中心に見てきましたが、次は文学からルネサンスを見ていきます。
ルネサンスと人文主義
ルネサンス文学の先駆はダンテ(1265-1321)の『神曲』だと言われています。
神曲は叙事詩(歴史的事件、特に英雄の事跡を叙事の態度でうたい上げた詩)。
当時、一般の人の識字率は低かったので、口頭で語れるような物語や詩が一般的でした。
『神曲』の内容
ダンテは美しいベアトリーチェに一目ぼれをした。
しかし、話すことなくベアトリーチェは亡くなってしまった。
彼女を愛していたダンテは、生きる道を見失う。
気がつくと、ダンテは荒れ果てた暗い森にいた。
そこに古代ローマ詩人のウェルギリウスが登場する。
彼は、ダンテを「地獄」「煉獄」「天国」へ連れていった。
なぜダンテが各世界に連れていかれたのかと言えば、ペアトリーチェが天国からダンテを見て悲しくなって、生きる気力を与えたいと思ったから。
ダンテは現実の世界に戻り、そこには愛があふれていると発見した。
「まんがで読破 神曲」のあらすじ
この叙事詩は、生きる人間が主役です。
そして、「地獄」「煉獄」では、飽食の罰、嘘をついた罰、裏切った罰、などを描いています。
(参照 誰も書かなかった ダンテ『神曲』の謎)
ボッカチオ『デカメロン』
ボッカチオの『デカメロン』は、古い権威を風刺した、近代小説の祖と言われています。
ペストが流行している都市から逃げた貴族が、10人で10話ずつ計100話を10日間にわたって話すという内容。
『デカメロン』は1350年頃執筆され、1470年頃にフィレンツェで刊行されたと言われています。
それまでは、絵画で考えが広まるほうが早かった。
ダンテの『神曲』はいろんな画家がそのイメージを描いたと言われている
- 当時流行ったペストの現実を描き、人々が生きる気力をなくしている様子が描かれている。
- 教会批判
1話:極悪人が司教につくり話によって懺悔をし、死後に聖人として崇められるようになる話 - 信仰批判
2話:ある男が、イスラム教の友人に、地獄に落ちて欲しくないためにキリスト教入信をすすめる。
友人はキリスト教を調べ、キリスト教中心地は堕落しきっていることを発見。
しかし、男のキリスト教が広がってほしいと願って入信するという皮肉めいた話 - 性行為が教会内で秘密裏に行われていた話
- 女性が物として扱われることに対して抗議する話。
10話「ここではわたくしは、パガニーノ(女を盗んだ男)の妻であるような気がいたしますが、ピザではあなたの娼婦でいるような気がいたすのでございます」
だから、美女と野獣カップルだとか、年の差婚が多かったとも言われている
パンフィロ(登場人物)は、そのお話のなかで、神の御慈愛はわたくしたちの誤りを、その誤りがわたくしたちの目のとどかないところから起こる場合には、とがめだてなさるものではないということをお示しになりました。
「デカメロン」p71
ルネサンスにおける神学と哲学
ルネサンス運動によって、思想運動も活発化していきました。
まず、中世思想を振り返ります。
中世のスコラ学
中世の学問的な神学(スコラ哲学)では、「哲学(論理)は神学のはしため」と考えてきました。
神学>哲学
- 人間の理性が到達できない問題は「神学」
- 人間の理性が到達できる問題は「哲学」
- トマス・アクィナスは理性で到達できない問題を真理と呼び、真理にせまるのは神学だと説いた
「哲学用語図鑑」
トマス・アクィナスの立場は「主知主義」と言われています。
しかし、ルネサンスで古代ギリシア思想が流入してくることによって、「神学>哲学」という位置づけがゆらぎはじめます。
教会内でも、これは神学領域だとか、哲学領域だとかの論争が起きていました。
ここで登場するのがオッカムのウィリアム(1285-1347)です。
オッカムのカミソリ
オッカムは「無敵博士」と呼ばれました。
>>オッカムの剃刀(カミソリ)とは
論証能力に優れていたのです。
オッカムは「主意主義」と呼ばれています。
神が何かを命じるから、それを為すのが正しいということになる。
オッカムは「神の全能」を強調しました。
だから、さっきの極悪人が聖者となることも、論理的に説明できる
ウィリアム・オッカムは、後期スコラ学を代表する学者であり、同時に、スコラ学を崩壊へと導く大きなきっかけを作った。
というのも、スコラ学とは、神学と哲学、信仰と理性の絶妙な区別と統合を本質とするものであったが、オッカムの思想のうちには、神学と哲学、信仰と理性とを単に区別するだけではなく、それらを切り離し、分裂させる観点が含みこまれていたからである。
「新しく学ぶ 西洋哲学史」
オッカムは普遍論争(普遍が実在するかどうかという論争)において、普遍を否定しました。
つまり、普遍的なものが「もの」として実在することを否定したのです。
オッカムは合理的であるべき哲学は、「人間」という普遍は存在するとする神学と分離して考えるべきだと説きました。
でも、オッカムは普遍の実在を、哲学の領域では否定した。
つまり、唯名論(オッカムの立場)に立つと原罪を背負わなくて良いことになる。(原罪がないなら教会に行かなくてもよくなる)
ルネサンスとオッカムの思想
このオッカムの思想は、ルネサンスの肯定へとつながります。
偶像崇拝はダメと言われていたことから、人々は署名をせず、絵画の目的は写しにとどまっていました。
しかし、普遍の実在を神学にのみ認めることによって、個人が発見されていくことになります。
- プラトン思想⇒自然は模造物で、芸術品は各個人の才能によって写しだされる
- オッカム思想⇒神学領域と哲学領域を分けた
それは僕が描いた絵!