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積極的苦痛を選び取る未来とテクノロジーの進化

おはようございます。けうです。

フードテック革命 世界700兆円の新産業『食』の進化と再定義」を読み進めています。

 

その中で外食産業のアップデートと食品リテール(小売)の進化の章を読んで、テクノロジーというのは人間の幸せの追求のための道具ということを改めて感じました。

 

外食産業のアップデートと、食品リテールのまとめを紹介して、その中で私が感じたことを紹介していこうと思います。
前回の内容はこちら。
>>ブランドの意味とは

テクノロジーの進化

まずは外食産業のこれからについて。

外食産業のこれから

外食産業というのはレストランとか、ホテルでの仕事を指します。

ここ数年、外食産業で困っていることは、高い離職率だといいます。

宿泊業、飲食サービス業の大学卒業から3年目までの離職率は、全産業トップで50%を超えるそうです。

しかも、外食産業は労働生産性が低いといわれています。

全産業が870万円/1人のところ、250万円/1人だとか。

ならば、生産性を上げるために人を減らそうと考えると思いますが、思惑通りに進まない理由があります。

外食産業はサービスを提供することと消費される場が同じ場所にある「同時性」という特徴があるので、従業員を減らすだけではサービス低下につながるリスクがあるといわれているからです。

例えば、レストランに行ったとしても、従業員が少ないと料理がでてくるまで時間がかかったり、席に着くまでに時間がかかるという経験をしたことがあると思います。

そのようなサービスの低下は、客離れを招くということです。

それを解決するために生み出されているのが、料理をつくるロボットだったり、自動販売機だったり、フードデリバリーだったりします。

 

このような人の変わりをになうテクノロジーの他に、超未来食レストランを取り上げていました。

本から抜粋します。

レストランでは、初回利用時に生体検査などを行い、ヘルスIDと呼ぶ番号が発行されて入店時に顔認識などで個人を判別する予定。それにより、「席に座るだけで、好みや健康状態などの情報を考慮した食事を提供できるようにする」

このような構想が語られていました。

 

では、食品リテールも見ていきます。

食品リテール(小売)のこれから

食品リテールでは顧客一人一人を考えていきます。

医食同源だったり、ウィルビーイング(よりよくなる)ことに焦点が当たっています。
医食同源についてはこちら。
>>5つの未来テクノロジー

 

例えば、コンビニで買い物するときに、レジ横にお菓子がおいてあるのを目にします。

私たちはうっかりとそのお菓子を買ってしまうのですが、そのレジ横に置く商品にも規制をかけるというような動きがあります。

私たちが無意識に不健康になってしまうのを防ごうとする仕組みです。

そして、気が付くと私たちは無意識にいろんな操作をうけていることに気が付きます。

蛍光灯によって彩りがよく見えるから購入するだとか、カワイイパッケージだから購入するだとか、売り場には個人を無意識にも刺激する商品が並んでいます。

今まで人間の物欲にばかり焦点が当てられてきたので、買ってもらおうとする刺激がよくみられています。

 

それに対して、もっと先の健康になってもらうとか、より生活を充実したものにしてもらうといった取り組みがなされています。

「新しい価値提供」に目が向けられている状況です。

外食産業のこれからと食品リテールのこれからをみて、テクノロジーは人間の幸福を追求するために進化していくのだと感じられます。

積極的苦痛とは

私がこれらを読んで考えたのは、人は考えないのが幸福だという哲学者ドゥルーズの言葉です。

例えば、健康になるために夕飯に何を作ろうかと考えるのはある種の苦痛があります。

何を自分は食べたいんだろう、と選ぶこともある種の苦痛を伴います。

私たちが選んだり、考えたりするときには苦痛があるのですが、ただ提供されている時、そこにあった苦痛は取り払われます。

テクノロジーは人間の苦痛を取り除くために発展していくのだということ。

 

あなたにあっているのはこれ。

健康になることが良いのだから、あなたはこれを食べると良い。

運動不足だから、この運動をしよう。

 

など、このように提示されることが多くということ。

日常に感じるイライラや苦痛が減っていく過程をこれからのテクノロジーは担っていくのだろうことが予想されます。

人が利便性や、価値観にお金を払い、それを手に入れる。

このような時代の到来です。

 

そして、テクノロジーが人の幸福を追求してくれるのならば、私たちはその分、暇な時間、自由な時間を手にできるはずです。

今まで、日常生活をするときに感じていた苦痛が取り除かれるのならば、ではその苦痛はどこに行くのか。

次にもしかしたら自分が自分で苦痛を選択するようになるのかもしれないと私は思いました。

 

例えば、未来ではゲームがEスポーツとしてお金になってくるのではないかと言われています。

ゲームの中身を見てみます。

それをやる人は苦痛や挫折を得ながら、ゲームが上手くなっていきます。

そこには、普通に生活することで減った苦痛やイライラがつまっている。

けれど、それ以上にその苦痛があるからこそ、何かできるようになると嬉しくなるし、成長を感じてまた嬉しくなります。

それがあるからこそ、私たちは他人から与えられる苦痛を取り除いて、自ら苦痛を取りに動いていくのだと、私は感じました。

 

哲学でいえば、今は構造主義の時代だと言われています。

人間には構造があって、個人というのはその差異でしかないのだ、と。

つまり、時代の思想やその国の文化からは逃れられない。

テクノロジーが日常になるのなら、私たちはその利便性の中にも組み込まれるということ。

その中で日常生活をおくるとなれば、私たちは苦痛を感じることが少なくなる。

なので、自分からこれをしよう!と決めて取り組んだことに関してしか、苦痛を感じなくなるのかもしれないということです。

幸福だけに漂うのは幸せなのですが、それでも人は「不幸との差」を感じることでそれがより幸せなことなのだと気が付きます。

無くなってみてその大切さに初めて気が付く、例えば空気など、というようなことはよくあります。

テクノロジーが進んでいくとすれば、私たちはそれに対して積極的な苦痛を選択するようになるのかもしれない、そのように思いました。

 

では、お聞きいただいてありがとうございました。

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