「現代に生きる人間の倫理」
第4節「社会と個人」
7.科学的社会主義とマルクス
>>1.アダム=スミスと「見えざる手」
>>2.ベンサムと「最大多数の最大幸福」
>>3.ミルと功利主義の修正
>>4.社会学とベルクソン
>>5.プラグマティズムとは何か
>>6.空想的社会主義とは何か
- 科学的社会主義と空想的社会主義の違い
- マルクスからみる資本主義社会の仕組み
- マルクス理論の移り変わり
- 科学的社会主義と唯物史観
- 科学的社会主義とその後
参考文献
「カール・マルクス」(佐々木隆治)、「人新世の『資本論』」(斎藤幸平)、「社会学史」(大澤真幸)、「社会学用語図鑑」(田中正人編集、香月考史著)、『100分で名著』NHK動画
科学的社会主義と空想的社会主義の違い
マルクス(1818-1883)が生まれたのは、空想的社会主義者たちよりも約60年後。
マルクスの時代もまだ労働環境はひどいものでした。
選挙制度よりもまずは啓蒙や教育に力を入れよう、と
思想が先か、現実が先か
マルクスは青年ヘーゲル派のグループに属していました。
そこで「思想が先か、現実が先か」という議論がありました。
マルクスは現実が先だと考えたのです。
‐マルクスは自己意識による社会変革を否定的に考えるようになっていた。
自己意識のような抽象物ではなく、現実に生活する人間、ただ意識をもつだけでなく、さまざまな欲求や感情を持ち、五感で世界を享受する感性的な人間こそが現実社会を形成しているからである。
「カール・マルクスp59」
でも、思考は人々を動かす原動力にはなるとマルクスは考えた
エンゲルスは生涯にわたってマルクスを支援し続けた
マルクスからみる資本主義社会のしくみ
マルクスはまず資本主義社会がどのような仕組みなのかを考えました。
すべてのものが商品になる社会だと考えたのです。
特殊な商品としての労働をまずは考えていきます。
まず労働者は労働を商品とします。
労働=商品
土地の代わりに労働者は自分を商品(労働)として売るしかなくなる
僕が自分で作ったんだ!
つまり、君がつくったものは私のもの。
でもお小遣いに1000円あげる
- 労働によってできたもの⇒資本家のものになる
- 労働によって労働者が得るもの⇒貨幣
価値とは
資本主義社会以前の価値は、そのものの価値、という意味がありました。
鉛筆一本とりんご一個とか
もっとも重要なことは、価値という社会的な力は、人間たちが労働生産物を価値物として扱うかぎりでのみ、発生するということだ。商品の使用価値はその生産物にもともとそなわっている性質に由来するが、価値のほうは純粋に社会的な属性である。つまり、ある労働生産物が価値をもつのは、あくまで私的生産者たちが労働生産物にたいしてそれに価値という力を与えるようにして関わる限りでしかない。
(カール・マルクスp121)
- 使用価値⇒商品がもつ有用性
(パンを食べる、パソコンで情報をえる、スマホでメールをするなど) - 価値⇒商品の交換価値の変動、あるいは価格の変動の中心点。
その商品の生産に費やされた労働量によって決まる。
(ゲーム機がいくら高くても、例えば一万円前後というような平均点を持っている) - 交換価値⇒そのときどきに商品がどんな交換比率で交換されるかを示したもの。
価格は交換価値の一種。
(需要と供給により決まるので、人気のあるゲーム機は高い)
でも、人が「だいたいこのくらいの平均的値段があるよね」と価値を考えることで、高くても2万円にとどまったりする
貨幣は、人間の労働と人間の現存在とが人間から疎外されたものであり、この疎遠な存在が人間を支配し、人間はそれを礼拝するのである。
(カール・マルクスp50「ユダヤ人問題によせて」からの抜粋)
物象化と物神崇拝
- 臣下たちが特定の個人Aを王として認めるようにふるまう。
- そうふるまうことによってAは臣下たちにたいして王としての力を持つものとして現れる。
- 現実にAは王としての力を行使することができる。
(カール・マルクスp121)
これいくらなんだろう?
価値は人間の特定のふるまいによって労働生産物に与えられる属性であるにもかかわらず、労働生産物じだいの自然属性だと錯覚するようになるのである。このような錯覚のことを物神崇拝という。このような錯覚が浸透すると、生産物が商品であることは不思議でもなんでもなくなってしまう。
(カール・マルクスp123)
僕は自然になんでも値踏みをしている
人々が宗教を信仰し、空想的な幸福を追求するのは、現実世界で苦しみ、現実的な幸福を実現することができないからだ。その意味で、宗教は人々の現世的な苦しみをやわらげる「民衆のアヘン」なのである。だとすれば、宗教からの解放は、宗教の批判によっては完遂されない。それは、現実世界において人間らしい生活を取り戻すことによって実現されなければならない。
(カール・マルクスp53)
マルクス理論の移り変わり
労働の疎外は資本主義のシステム上、変更することはできません。
人が自分のうみだしたものによって支配される
資本主義システム上、資本家は搾取することによって他の資本家と競争します。
労働者にはまた明日も元気で働いてくれる賃金さえ払えばいいから、そこは変えなくてもいいと考える
でも、結局は資本家もうまくいかなくなってしまう
ブルジョア(資本家)的生産関係と交通関係、ブルジョア的所有関係、すなわちこのように強大な生産手段と交通手段とを魔法でよびだした近代ブルジョア社会は、自分がよびだした地下の魔物を、もはや統御しきれなくなった魔法使いに似ている。‐恐慌期には、これまでのどの時代の目にも不条理と思われたであろう社会的疫病、すなわち過剰生産の疫病が発生する。
(カール・マルクスp79)
マルクスの認識論的切断
革命を推進する思想は、前期マルクスの主張と言えます。
この意味だけを切り取ってマルクス主義とするならば、世界的におこったマルクス主義からの革命もそう理解できるかもしれません。
(労働者は資本家に搾取されているから革命を起こそう!)
しかし、マルクスの理論は発展していきます。
資本家が悪いのではなくて、資本主義の仕組みが悪い、という視点です。
人間は無意識のうちに、ニュートンの力学がなしているのと同じ操作を、商品に対して施しているわけです。
(社会学史p154)
どうしてその社会では、すべてのものが商品になるのか。それを分析し、説明することは、たとえば科学革命を起こしたような、あるいはその後に産業革命を起こしたような世界観が、どのような社会的な基盤から出てきたのか、ということの分析と説明でもあるわけです。
(社会学史p155)
後期マルクスが考えた構造を見ていきます。
科学的社会主義と唯物史観
人は啓蒙によって変わるわけではない
- ウェッブ夫妻とバーナード=ショウを中心とする、イギリスのフェビアン協会によるフェビアン主義
(社会不平等の是正につとめた) - ドイツのベルンシュタインによる社会民主主義
唯物史観
マルクスは、人間が生きるために必要なものを生産するためのもの(土地や材料)を生産手段と呼びます。
生きていくための衣食住を生産する手段です。
そして、生産のために取り結ぶ人間関係のことを生産関係と呼びました。
各時代の生産関係
- 奴隷制
(支配階級=主人、被支配階級=奴隷) - 封建制
(支配階級=封建領主、被支配階級=小作人) - 資本主義体制
(支配階級=資本家、被支配階級=労働者) - 共産主義体制
(支配や抑圧がない体制)
各時代において、生産にかかわる階級間の対立(階級闘争)がはげしくなり、生産関係の変更(社会革命)がおこります。
資本主義体制がうまくいかなくなると、共産主義へと移行するとマルクスは考えました。
共産主義⇒財産を私有ではなく共同体による所有(社会的所有)とすることで貧富の差をなくすことをめざす思想
その時代の思考を規定するものをマルクスはイデオロギーと考えたよ
イデオロギー
自分の思想や信念は自分の意識が生み出したわけではなく、その時代の下部構造(経済構造)に決められているとマルクスは考えました。
(人の意識が経済構造を作るのではなく、経済構造が人の意識を作る)
- 古代のイデオロギー
物事は哲学者がきめる、知識が大事、考える時間を確保するために奴隷が必要 - 中世のイデオロギー
すべては神がきめる、贅沢は敵、領主に忠誠を誓うことが大切 - 現代のイデオロギー
物事は多数決、お金は人生を豊かにする、自由と平等が一番大事
このように、例えば中世において贅沢は敵だとされましたが、資本主義体制において贅沢は悪とは言い切れません。
こうして時代は、奴隷制⇒封建制⇒資本主義⇒社会主義⇒共産主義の順で進歩するとマルクスは考えました。このように、歴史を動かす原動力を、人の意識といった精神的なものではなく、生産力の発展といった物質的なものだと考えることを唯物史観といいます。
(社会学用語図鑑p47)
科学的社会主義とその後
後期マルクスの主張とは異なり、時代は資本主義にとどまり続けています。
‐生産様式のあり方を根本的に規定するのは、労働のあり方である。
人間たちが私的個人に分裂したままであるかぎり、どれほど生産手段を国有化しようとも、生産の私的性格は根本的には変化せず、商品や貨幣もまた廃絶されない。
また、生産手段を国有化しただけでは、たんに資本の担い手が私的個人から国家官僚に移行するだけであり、そこで働く労働者が賃労働者であることには変わりがない。
(カール・マルクスp198)
続かないと思っていたものが続く原因って何だろう?
資本主義は自然科学を無償の自然力を絞り出すために用いる。その結果、生産力の上昇は掠奪を強め、持続可能性のある人間的発展の基盤を切り崩す。そのような形での自然科学利用は長期的な視点では、「搾取」的・「浪費」的であり、けっして「合理的」ではない。そう批判するマルクスが求めていたのは、無限の経済成長ではなく、大地=地球を〈コモン〉として持続可能に管理することであった。
(人新世の「資本論」p190)
人間は自然を搾取している
「私財の増大は、公富の減少によって生じる」
(人新世の「資本論」p244)
「可能な」共産主義
しかし、彼らは賃金労働者として生きていくために、団結して闘うことを覚える。‐自発的に結社を形成することをアソーシエイトといい、アソーシエイトによって形成された結社のことをアソシエーションというが、まさにプロレタリアート(労働者階級)は自らの生活をまもるために労働組合というアソシエーションを形成していく。
(カール・マルクスp81)
〈コモン〉は、アメリカ型新自由主義とソ連型国有化の両方に対峙する「第三の道」を切り拓く鍵だといっていい。つまり、市場原理主義のように、あらゆるものを商品化するのでもなく、かといって、ソ連型社会主義のようにあらゆるものの国有化を目指すのでもない。第三の道としての〈コモン〉は、水や電力、住居、医療、教育といったものを公共財として、自分たちで民主主義的に管理することを目指す。
(人新世の「資本論」p141)
福祉国家とは
今、国家が担っているような社会保障サービスなども、もともとは人々がアソシエーションを通じて、形成してきた〈コモン〉なのである。つまり、社会保障サービスの起源は、あらゆる人々にとって生活に欠かせないものを、市場に任せず、自分たちで管理しようとした数々の試みのうちにある。それが、二〇世紀に福祉国家のもとで制度化されたにすぎないのだ。
(人新世の「資本論」p145)
要するに、晩期マルクスの変革構想は、物質代謝の固有性と多様性にもとづいて、あらゆる領域で物象の力に抗していくことであり、それをつうじて労働者たちのアソシエーションの可能性を拡大していくということであった。
(カール・マルクスp253)
科学的社会主義とマルクスまとめ
簡単にまとめます。
- 前期マルクス⇒革命推進。マルクス主義と呼ばれて社会運動をおこした。
空想的社会主義とあまり区別がつかない。
資本家は労働者を搾取している。 - 後期マルクス⇒科学的視点から資本主義システムの構造を批判する。
啓蒙主義も批判している。歴史は進歩する。 - 晩期マルクス⇒可能な「共産主義」を説く。歴史は進歩しない。
人間は自然を搾取している。