おはようございます。けうです。
「闇の脳科学」を読み終えました。
今日は最終回、またロバート・ヒースの物語と現在に関連していることを話そうと思います。
またこの本はノンフィクションだということをつけ加えておきます。
>>一回目「ロバート・ヒースの物語」
>>二回目「完全な人間とは」
ロバート・ヒースが弾圧された理由
ロバート・ヒースがなぜ弾圧されているか。
その理由は1970年代に発表されたホモセクシャルの男性に電気刺激実験をして、性行動が可能かどうか、という実験が発端になっていると私も思っていました。
(一回目で話した内容です。)
現在でも倫理的に問題がたくさんあります。
けれど、実際はもっと他の理由がありました。
ヒースは統合失調症の原因物質を「混乱した精神」を意味する物質「タラクセイン」だと仮定して実験を進めていました。
統合失調症患者の血液中に浮遊していると考えるタンパク質の一つで、それが統合失調症の症状を引き起こすのではないか、という仮説です。
主に失快感症状と無気力症状にあるのかどうかというのが調べられました。
統合失調症患者の血液からその成分と思われるものを摘出しつつ、実験が繰り返され、さるがそれを注射されるとそのぐったりしたような症状がでる、というところまできたのです。
さるの次は人となります。
刑務所の受刑者から実験者を募って、人で実験をしました。
そして受刑者で精神病ではない人に注射をすると、すぐにぐったりして反応しないような状態が示しだされたと言います。
反応は注射をして一時間30分後にはおさまるという具合でした。
ヒースがこの結果を論文で発表すると、多くの研究者が同じ実験を試みましたが、同じような結果はでませんでした。
この実験にはマット・コーエンという研究者がからんでいました。
なにかおかしいと思ったヒースはコーエンが実は科学者でないことをつきとめます。
コーエンは科学者ではなく詐欺師だったのです。
科学の学位なども持っていませんでした。
でも、彼は言います。
「実験は正しかったのだ。なぜみんなが同じような結果にならないのかと言えば、私が複雑な精製過程の最重要段階を書かなかったからだ」、と言ったのです。
だから、私にしかその実験結果は再現できない、と。
彼はそれでも他の研究所で基礎知識はつけていたのです。
コーエンは科学者を首になるのですが、その後はマフィアにもどってマフィア闘争の中で行方知れずになったといいます。
この「タラクセイン」にはそんな詐欺師が関わってしまったのですが、ヒースはその事実をふせました。
そしてまた新たに研究しなおしました。
受刑者を使って、タラクセイン実験は22回行われたそうなのですが、そのうち17回では何の反応もみられず、残りもそこまでの成果ではなく、なんとなく効果があったとする程度。
これはプラセボ効果内とも考えられるほどだったからです。
ちょっと補足をすると、受刑者であってもそんな注射を施すと言うのは怖いですよね。
今では恐らく禁止されています。
現在はドラックや経験によって、脳が変化するだとか、それがきっかけになって自己変化がおこる、と言われています。
タラクセインの批判
そして、タラクセインはシーモア・ケティによって徹底的に批判されました。
「タラクセインなる物質の存在もそのいわゆる効果も実証されたことは一度もないと主張」と。
本では、タラクセインがヒースの名声と信用を破壊した原因だったと述べられています。
タラクセインにおける、コーエンの事実を伏せたこと、時代に受け入れられていなかったことなどが原因とされています。
それでも、現代でもタラクセインのようなものの研究がされています。
タラクセイン仮説
現代は「タラクセイン」のようなものが見つかってきています。
「研究の結果、タラクセインは当初考えられたような酵素ではなく、統合失調症患者の脳組織と結合する抗体であることが判明した。つまり、統合失調症はおそらくは免疫の異常だと考えられる」
という結果がヒースの研究の過程でてきたらしいのです。
統合失調症というのは現代では脳の症状というのは広く受け入れられていますが、その症状によって分けられています。
なにを統合失調症とするかについてはいろいろあるのですが、ヒースの頃は細かく分けられてはいませんでした。
例えば、ASDであってもADHDの症状をしめしたり、LDの症状を示したりする。
ただこの症状ということは出来ないんですよね。
それを本の中では、脳のこの個所に不備があって、その接続や回路が上手くいっていないせいでその現象が起こっている、とも考えられてきています。
この人はこの病気だから、例えばASDだからこう、という判断をするのではなくて、広い意味で脳のこの個所が欠損しているからこの症状がでてしまっているという判断をします。
ヒースは最後にも「タラクセイン仮説」を提唱しました。
「統合失調症患者は(遺伝的な原因から)自分自身の中隔野に対する抗体を作り出し、この抗体が中隔野という重要な脳領域と結合して中隔野の電気信号の伝達を妨げるのだ」という説です。
この発表が1967年。
今も免疫系の実験は最先端でされています。
当時は時代が追いついていなかったせいか、この仮説は日の目をみることはなかったそうです。
また、1950年代にヒースがとなえた、小脳と大脳皮質前頭野との間につながりがあることの主張は2014年のナンシー・アンドリアセンを中心とする研究が新仮説として今も研究されているそうです。
さらにヒースはこんな仮説もたてています。
「体内環境が思考によって変化する」
ひどい関節炎患者の脳に電極をながすと、関節炎がおさまったという実験がありました。
「身体疾患の発生や病気の進行に影響を及ぼす体内環境の変化の多くは、思考によってもたらされているかもしれないのです」
つまり、精神が生理に影響を及ぼし、それを通じて、身体疾患を発症するか否かや病気の進行度合いに影響を及ぼす、と。
これも今最新の「バイオエレクトロニック医学」の先駆けなのではないか、という主張が本でされています。
こうなると、ヒースの実験はほんとに時代からすっぽりと抜けてしまっていた、と筆者は語ります。
そして、今なぜ注目されているか。
考えなければいけないかといえば、統合失調症に関係があったこと、さらに人類はその物質の投与を注射でしたり、電極を流したりすると思考を変えられることが出来ることに関わります。
人の価値観も左右される。
そして、私たちは今の価値観によって動かされている。
でも、今は人新世から自然にも着目されています。
人間が今のままの状態で行くと、地球が滅びてしまう危険性が高い、と。
人新世からの存在論的転回
ヒースは語ります。
「我々は人間の脳を進歩のための道具と見なすべきだろうか、それとも破滅のための道具と見なすべきなのだろうか」と。
ヒースは破滅のための道具かもしれないという見解です。
「人類が生きのびるために、中枢神経の操作が必要となる日が来るだろう」と。
本文から抜粋します。
「いつの日には、共通の道徳律が発達し、その道徳律の記録を生物学的方法によってしっかりと脳に刻むことができれば、人類は人間同士だけでなく他種とも調和して生きることができるようになるだろう」と。
この言葉は考えようによっては手術!?とか注射!?とか、私とはなにか、を考えなければいけない状況です。
存在論的転回と哲学で言われるような価値観の変化にきているときに、脳科学がそれを後押しするのか、ということを倫理的に問うような段階になっているということを思わされました。
存在論的転回は人優位で見てきたけれど、動物や地球に焦点を当ててこれからを考えるというヒューマニズムから離れた視点です。
では、お聞きいただいてありがとうございました。