「現代に生きる人間の倫理」
第3節「民主社会と自由の実現」
2.ロックと抵抗権
>>1.ホッブズと社会契約説
- ロックの抵抗権
- ロックの抵抗権の抜粋
- ロックの制度
参考文献 「市民政府論」ロック著 鵜飼信成訳、「近代政治哲学」國分功一朗著、「ホッブズ リヴァイアサンの哲学者」田中浩
ロックの抵抗権
ロックの時代背景を簡単に説明します。
17世紀後半のイギリス。
そこではピューリタン革命後に王政復古を経て、名誉革命がおこりました。
この一文を詳しく言うと、ピューリタン革命(市民革命であり共和制の実現)後にまた絶対王政に戻って、そこからまた名誉革命(国王は「君臨すれども統治せず」という立憲君主政の原則が確立)がおこったのです。
ロックは名誉革命後のイギリス政府側。
彼はこの名誉革命の合理的な根拠を提供しようとしました。
そこでまず、王権神授説からなる絶対王政を批判したのです。
理性によって真理を見いだし、無知や偏見から脱しようとする立場
ロックの自然状態
ロックがその政治哲学において前提としたのは、勤勉で、合理的で、自己判断に従ってみずからを規律する自律的な個人だったが、まさしくこれこそは近代の中心的なイデオロギーになっていく。
(近代政治哲学思想p105)
ロックは理性的で自律的な個人がただ王に服従することに反対しました。
彼の説く自然状態は、そうした理想的(理性的で自律的な人間)からなる社会なので、平和状態でもあります。
- ホッブズの自然状態での自由⇒何をやってもよい状態(本能的)
- ロックの自然状態での自由⇒人間の自由は、自らを律することのできる理性と表裏一体の関係にある状態(理性的)
でも、人間を理性的なものとして動物と切り離すなら、理性をもった人間としての自由は理性的な自由
人間は理性的であるという人間像から、ロックは自然状態を考察したのです。
名誉革命を社会的に肯定するには、抵抗権(理性的な人間が起こした革命)を肯定する必要がありました。
-ロックは、人民全体の生命の危険があったときにのみ反乱がありうると述べて、名誉革命(1688年)を正当化している。
ロックは「革命権」を唱えているが、その行使にあたってもいきなり抵抗するのではなく、まずは人民に「がまん」せよとくり返し述べている。
そして「がまん」が限界にきたとき‐「社会契約」を結んだ意味が失われるほどの全人民の生命の危険があるとき‐にのみ、集団的な「抵抗権」、すなわち「革命権」を認めている。
そのさいにもかれは慎重にそれらの革命行為を「天に訴える」行為と述べているのである。
(ホッブズp98)
基本的人権は自然権(生命・自由・平等・所有といった人がうまれながらに持つ権利)から生まれていて、その後の革命(1776年アメリカ独立革命など)のイデオロギーにもなりました。
なので、また革命が起こっては困る立場にいた
ロックの自由論
では、ロックは野性的な自然状態(ホッブズの自然状態)をどのようにみていたのでしょうか。
ロックの名言。
「人間の心は生まれた時は白紙」(タブラ・ラサ)。
つまり、生まれた時には自由ではあるけれど、それは社会人的な自由ではないと説いているのです。
人間には教育が必要であり、教育がなされていない状態は理性がない状態です。
‐彼ら(アダムの子孫、人間)は、生まれた時には無知であり理性を用いる力がなく、従って生れて直ぐその法の下(自然法、理性の法)に立つというのではなかった。
何故なら何人も自分に向って公布されたのではない法の下には立ち得ないし、そうしてこの法はただ理性によってのみ公布されあるいは公知せられるのであるから、自分の理性を使用するに至らないものはこの法の下にあるとはいい得ない。
アダムの子たちは、生れるや否やこの理性の法の下にあるのではないのだから、はじめは自由ではなかったのである。
(市民政府論p59)
「自由になろうとすることによって、はじめて自由でありうる」
だから、ロックの自然状態はいろんな解釈ができるのかも
‐法の目的は、自由を廃止または制限するものではなくして、それを保持拡大するにある。法にしたがう能力をもっている生物にとっては、どんな場合にも、法のないところ、自由もまたないのだから。自由とは、他人による制限および暴力から自由であることであるが、それは法のないところにはあり得ない。自由とは、普通にいわれているように、各人が自分の欲するところをなす自由ではない。
(市民政府論p60)
ロックの抵抗権の抜粋
ロックが抵抗権を肯定した文章は、とても刺激的です。
ロックはここ(『市民政府論』末尾の方)で、許可や資格としての権利ではなくて、自由の事実としての自然権について語っている。
自然権は誰かによって認められるものではない。
然るべき時に発揮されるものだ。
(近代政治哲学p132)
このように後世で解釈されるロックの『市民政府論』から、リアリティーに富む部分を抜粋してみます。
絶対王政批判
「一人の意志によって生きることは万人の不幸を結果する」
(市民政府論p98ロックが引用するフーカからの抜粋部分)
ロックは絶対王政の批判として、一人の人間でもある王だけが法の下にいない、ということを述べています。
それは、この絶対的支配者の暴力と圧迫とに対してどんな保障も防御もできない、ということを意味するのです。
‐人間というものは、スカンクや狐が加えるかもしれない損害を避けるためには注意するけれども、獅子によって喰われることには満足しているとか、否安全と思っているほど、馬鹿なものだと考えることである。(市民政府論p96)
自然権と自由について
彼らの身体は、自然権によって自由であり、彼らの所有は、多かろうと、少なかろうと、彼ら自身のものであって、彼らが自分で処置し、征服者の自由にはならない。
そうでなければ、所有権ではないのである。(市民政府論p195)
例えば、国王でも市民の土地から彼らが得た物なりお金なりを自由に取り上げることはできない、と述べます。
もしできるとすれば、そこで一切の自由で自発的な契約は終了し、無効になる、と。
(そのような国王の恐喝を許すとしたら)そこでは契約をいつ解消するにせよ、それには、何も必要ではない。ただ力さえあればそれで十分だ。権力者の許可とか約束とかいったものはすべて笑いぐさであり、馴れ合いだ。‐私(権力者)はそういう権利(なんでもできる)を持っている、といったとすれば、これくらい馬鹿馬鹿しいことはないであろう。
(『市民政府論』p195)
おまえのものはオレのもの
法の終わるところ、専制がはじまる。
(市民政府論p203)
平和について
暴力と強奪だけから成り、盗賊と抑圧者の利益のためにのみ維持されなければならない平和が、この世にあるというのでは、それはいったいどんな種類の平和であろうか。
もし子羊が、なんの抵抗もしないで、自分ののどを尊大な狼に引き裂かれるにまかせるなら、それは力のある者と劣った者との間に存在する何と驚くべき平和だと思わない者があろうか。
(市民政府論p228)
人民がかりに理性的動物の感覚をもっていて、その見かつ感ずるとおりに物事を考えることができるのだとしたら、人民は非難されるべきであろうか。あるがままの姿で、事物を考えさせないような状況に、事を追いこんだその人たちの過失なのではないか。
(市民政治論p230)
抵抗権の無い状態
ロックはローマの詩人ユヴェナリスを引用します。
「‐あわれな者の自由とはこのとおり
めちゃめちゃになぐられながら、手を合わせてたのむ
顔に残った歯のあるうちに
帰らせて下さい、と。」
人間が反撃をしないという架空の抵抗は、いつでもこんな結果になるだろう。
だから抵抗してもいいなら、彼は必ず打つことが許されねばならぬ。
‐打撃と敬意とを調和させることのできる者は、私の知るかぎりではおそらく、自分の骨折に対して、まあまあ、礼儀正しく、うやうやしいこん棒の一撃をこうむることになるであろう。
(市民政府論p235)
抵抗しても良い場合
これらの場合(王が国民を裏切る場合)に、絶対王政の偉大な闘士バークレーは、国王に抵抗してもよい、国王は国王ではなくなったのだ、と認めざるを得ない。
‐一口でいえば、権威をもっていない場合には常に、その者は国王ではないし、これに抵抗してもよいのである。
というのは権威がやめば、国王もまた国王でなくなり、権威をもたない他の人々と同じになるからである。
(市民政府論p238)
ロックの制度
しかし、ロックの自然状態(自由・平等・平和)であっても、そこに所有をめぐって争いがおきたとき、所有権が不安定になります。
なので、ロックは人々の所有権を安定させるために、合意にもとづいた契約をかわし、国家をつくろうとするのです。
その国家の中で、所有権の根拠をロックは労働に求めました。
荒地をほっとくより、労働によって農作物をたくさん生産するほうが良い、と。
- 人々は、政府に対して、法律を制定する権力(立法権)や律法を実行する権力(執行権)を信託(しんたく)する
- 人々は、政府が権力をらんようする場合に抵抗する権利(抵抗権)を保持する
- 人々は、政府を解体して新たな政府を設立する権利(革命権)を保持する
- 政府による権力のらんようを防ぐため、政府の内部で国王と議会に権力をわけ、たがいを制約させる(権力分立)
ロックが考えていた政体は立憲君主制であり、まだ民主主義ではありませんでした。
後に、この考え方が民主主義への運動へと繋がっていったのです。
今回はロックについてやりました。
次回は、ルソーについて取り扱います。